​理事長あいさつ

 素敵な劇場(稽古場)の話をしたい。
 金沢市民芸術村。金沢駅近くにある、赤レンガ作りの瀟洒な建物だ。
 そこは、二十四時間いつでも稽古ができる。これなら、日中は働いて、晩ごはんを食べてから、夜の九時集合でも充分稽古ができる。利用料金が安い。公共スペースを借りたことのある人ならわかるだろうが、六時間一一〇〇円は破格。そして、芸術村が主催する講習を受ければ、音響・照明の機材を誰でも使っていい。利用する市民が企画を合議で考え、開催するという点も、とても魅力的だ。


 盛岡市の劇場も紹介したい。

 市内を歩くと、小さな劇場が街のあちこちにある。毎日と言っていいほど、どこかしらの劇場で芝居をやっている。「仕事帰りにふらっと寄って、観て帰る、というのが普通にありますね」盛岡の演劇関係者は、こともなげに言う。盛岡では大人も高校生も、ちょっとカラオケに行くくらいのリラックスした様子で劇場に入ってゆく。これ、本当にすごいことだ。盛岡では、芝居を観ることが生活に根付いているのだ。

 

 
 翻って考える。愛知県はどうか。働きながら芝居をやろうという人が、仕事帰りや学校帰りに芝居を観ようという人が、気軽にそうできるような仕組みや場所はあるだろうか。
 僕は特に、これから芝居をやろうという人を応援したいという気持ちがとても強い。高校演劇の顧問をして、そこから飛び出して街中で芝居を作り始めて、もう十年が経つ。誰も頼ることなく始めたから、随分痛い目にもあった。何とか続けていられるのは僥倖だ。僕と同じ苦労を、これから演劇を始める人にはしてほしくない。演劇は人も、金も、場所も必要だ。他の芸術ジャンルに比べて格段に必要だ。それはわかっているが、ギターをちょっとやってみようかな、と同じくらいの手軽さで演劇を始められたらどんなに素敵だろう。


 例えばこんな人はどうか。子育てがひと段落して、ある日、ふっと演劇をしてみたくなった。でも、子どもはまだ小学生で時間にも制約がある。仕事はしているが、そんなに経済的な余裕があるわけではない。第一、子どもができてからは家庭が中心で、いざ芝居をやろうにも、今すぐいっしょにやってもらえるような仲間に心当たりがない。近所の友だちや、勤め先の同僚を誘ったら、笑われそうだ。パートナーにも反対されそうで言えない。それに、自分が住んでいるところは田舎で、名古屋みたいに劇場が近くにあるわけではないし・・・でもちょっと、でもどうしても、演劇、やってみたい・・・。そういう人が気持ちを諦めずに済むような仕組みと場所が愛知県にあったら、どんなにいいだろう。金沢市民   芸術村みたいな施設があり、盛岡市みたいに市民がごく普通に劇場に足を運ぶ雰囲気がある街なら、きっと「芝居をやりたい」という思いを諦めずに済むと思うのだが。


 生活と人生は異なる。良き生活。自分や家族が、安心して喰っていけるように生活を整えること、これがとても大切なのはまちがいない。しかしその上で、良き人生。これも考えてゆきたくはないか。貧しい生活だが良き人生。これは、あり得る。逆に、良い生活を送ったが、貧しい人生だった。これもまたあり得る。あり得るが、ちょっと淋しくはないか。
人生を豊かにするために演劇をやる人が増えるといいと、切に願う。そのために何が必要かを、みんなで考えたい。そしてそれを、みんなの力で実現したい。

​理事長 兵藤 友彦

 C.A.ワークス理事長。

「演劇表現」ファシリテーター。劇作家・演出家。高校教諭。

​ 不登校経験者が6割の愛知県刈谷東高等学校演劇部を、顧問として高校演劇全国大会に3度導く。2006年、愛知県初のコミュニケーション力向上を目的とした演劇の授業「演劇表現」を創設、同校で開講。

 学外での「演劇ワークショップ」も精力的にこなし、現在までに600回以上を数える。

2004年に文部科学大臣賞、全国創作脚本賞を受賞。2015年「演劇的手法による真のコミュニケーション教育」の実績により中日教育賞を受賞。

著書に「いま、ここにあなたといること」(角川学芸出版)、「奇跡の演劇レッスン(学芸みらい社)がある。